
有限会社ティースペック 代表取締役 橋本 敏邦 氏(写真右)
福山Cable 代表 出原 亮 氏(写真中央)
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真左)
有限会社ティースペック 代表取締役 橋本 敏邦 氏(写真右)
福山Cable 代表 出原 亮 氏(写真中央)
ヤマハサウンドシステム株式会社
事業企画部 計画設計課 齊藤 健太(写真左)
「Intermission(幕あい)」とは、一幕が終わって、次の一幕が始まるまでの間。舞台に幕が下りている間のこと。このシリーズでは、ヤマハサウンドシステムが日頃からお世話になっているホール・劇場の世界を牽引するキーマンの方々に、市場のトレンドやヤマハサウンドシステムへの期待などを、その仕事の「Intermission(幕あい)」に語っていただきます。
第二幕 Act15にご登場いただくのは、日本で初めてイマーシブオーディオを導入したライブハウス「福山Cable」代表の出原亮氏と、イマーシブオーディオの普及に取り組んでいる有限会社ティースペック 代表取締役 橋本敏邦氏。お二人がイマーシブオーディオを始めたきっかけや、メリット、そしてライブハウスでの効用などついてお話をうかがいました。
出原氏、橋本氏、それぞれの原点
齊藤:本日はライブハウス 福山Cableにお邪魔しました。最初に、橋本様、出原様について教えてください。
出原氏:私はライブハウス福山Cableを運営しながら、日々音響エンジニアとしてPAオペレートや音響プランニング、レコーディング等の制作業務に携わっています。
福山Cable 代表 & サウンドエンジニア 出原 亮 氏
橋本氏:私は和歌山でティースペックという音響会社を経営しています。PAオペレーターですが、最近は主にイマーシブオーディオのシステム設計やチューニングを行っています。
有限会社ティースペック 代表取締役 & 音響エンジニア 橋本 敏邦 氏
齊藤:出原さんはどんなきっかけで音響の世界を目指したのですか。
出原氏:中学生のころ家にヤマハの「EOS B500」というシンセサイザーを姉が持っていて、それでマルチトラックという概念を知り、打ち込みに興味を持つようになりました。それと父がオーディオ好きだったということもあり、小さいころから真空管アンプなどの音響機器も見慣れていましたので、今になってみればそういったことが関係あるかもしれません。
齊藤:ライブハウスに関わるきっかけは何ですか。
ヤマハサウンドシステム株式会社 事業企画部 計画設計課 齊藤 健太
出原氏:高校の時バンドでシンセを弾いていて、卒業後はマニピュレーターを目指して専門学校に行こうとしたのですが親に反対され、じゃあ自分で稼いだ金で行こうと地元のライブハウスにスタッフで入ったのがきっかけです。そこで12年PAオペレートをして、2010年に福山Cableを立ち上げました。
齊藤:自分でライブハウスをやろうと思ったのはなぜですか。
出原氏:その頃のライブハウスは、とりあえず大きな音は出せる、という感じも多かったので、もっといい音、理想の音のライブハウスをやりたかったのが理由です。
福山Cable
齊藤:橋本さんは、どんなきっかけで音響の道に入ったのですか。
橋本氏:同じような感じですね(笑)。中学の頃にバンドをはじめて、自分たちでライブを企画し、自分たちでPAを組んで演奏していました。機材は自転車で運んで(笑)。当時からPAに興味がありました。ただ音響を仕事にする発想はなかったんです。プロになるのは難しいだろうなと思っていたので。でもある日、地元の夏祭りでアマチュアバンドが演奏していて、それをプロがPAしてたんですけど、その音がひどくて、これなら自分の方がいい音を出せる、と思いました(笑)。それが音響の道を意識したきっかけでした。
齊藤:その後音響の道に進むのですか。
橋本氏:それが音響の道には進まず、最初は某大手ハンバーガー屋に就職しました。で、ある時音響会社に入った友人に「人手が足りないからPAの仕事を手伝って」と言われ、休日にPAの仕事をしたんです。そうしたらとても楽しくて。それで円満退社してその音響会社に入りました。その後その会社の事業が終了したことをきっかけに、26歳の時にティースペックを設立しました。
齊藤:出原さんも橋本さんも若いうちに自分の拠点を立ち上げているんですね。
橋本氏:はい。ただ私も出原さんも専門学校を卒業し、大手の音響会社に入って修行を積むという王道ルートではないんですね。だからこそPA業界の習わしに囚われず新しいことに挑戦できているのかもしれません。
日本初のイマーシブライブハウス
福山Cable誕生の背景
齊藤:お二人はいつ頃からのご縁ですか。
橋本氏:10年ほど前にデジタルミキサーのセミナーで出会いました。私も質問をたくさんしますが、もう一人やたらと質問する人がいて、それが出原さんでした。その後音響の話で意気投合し、セミナーで何度か合うようになって顔を合わせる機会が増えました。
出原氏:僕は雑誌などで橋本さん知ってましたけどね(笑)。
齊藤:イマーシブオーディオにはどの頃から興味を持ったのですか。
橋本氏:イマーシブオーディオを初めて知ったのは2017年のInter BEEです、当初はあまりピンとこなかった。それが1年ほど経つと、海外の音響系のSNSでよく目にするようになり、やがてラインアレイの提唱者であるL-Acousticsが「イマーシブ」という言葉を使い出したんですね。あ、これは一世風靡するかも、と思いました。
齊藤:出原さんはどうですか。
出原氏:僕も同じ年のInter BEEでSRのイマーシブを知りましたが、そのころはまだ2チャンネル信者でした。ちょうどミキサーも入れ替え、ついに自分なりの「最強の2チャンネルシステム」が完成した頃です。それなのに橋本さんが、「イマーシブが面白いですよ」って。何度も言うんですよ。そのたびに「いや、大丈夫です。最強の2チャンネルシステムができたんで、イマーシブでなくてもいい音出るんで」って突っぱねてました。でもついに折れた(笑)。
橋本氏:何度も突っぱねられました。私は当時、社内のスタジオにスピーカーを5本並べて、SPAT Revolutionでいろいろ試していて、あるとき「こうするといい感じだ。ぜひ福山Cableで試したい!」と思い、スピーカーを持って福山Cableに押しかけたんです。
2チャンネルで磨き上げた音を
一発で凌駕したライブイマーシブ
齊藤:実際に福山Cableで聴いたイマーシブオーディオはいかがでしたか。
出原氏:ライブイマーシブの第一印象は「あ、もうこれしかない」でした。そのテストのころには僕も予備知識があったし、デモも聴いていたのである程度のイメージは持っていました。ところが実際に福山Cableで鳴らしてみると、僕が聴いていた「いつもの音」とは全く別物でした。しかも「最強の2チャンネル」でも解消できなかった問題が、一発で解決したんです。
齊藤:それはどんな問題ですか。
出原:小屋の形状に起因する反射の問題ですね。2チャンネルの場合LとRのスピーカーの2点から出た音それぞれが壁や天井で反射します。でもライブイマーシブの場合、音源は基本1点になります。ですから反射モードは1つで済む。吸音材も何も変えていないのに、悩んでいた音場の問題が一発で解決してしまったんですよ。
齊藤:橋本さんは、自社スタジオでのシミュレーションと実際にライブハウスで鳴らした時に差異を感じましたか。
橋本氏:音源を再生した時は特に差異は感じませんでした。まぁこんなもんだろうと。でも、その後バンドを入れてイマーシブをやってみたところ、全然予想と違っていました。事前予想は音源のみのイマーシブオーディオが100点なら、70点とか80点までいけばいいかと思ってたんですよ。ところがバンドを入れたら150点とかになって、音源をはるかに超えたんです。それは驚きました。
出原氏:生バンドの演奏が始まった瞬間、二人とも「えっ?!」と顔を見合わせました。
齊藤:生音を入れるとPAの再生音と干渉してぼやけたりするのではないのですか。
橋本氏:私も「生音」という音源が増えるので、ちょっと音がにじむかなと予想していましたが、不思議なことに逆に音が非常にすっきりしていて干渉は一切感じませんでした。
橋本氏:生音ってこれまでは、正直言って邪魔な存在だったんですよ。それがイマーシブなら、そのまま生の音の良さを生かしながら拡声できる。そういうことだと分かりました。それですぐに導入を決めました。
齊藤:イマーシブオーディオの素晴らしさに納得したとしても、導入するとなると、ハードルが高かったのではないでしょうか?
出原氏:見積りの数字をみて、うーんと思ってたら、橋本さんに「いきましょう。それは広告費です」って囁かれました。さらに、Dolby Atmos等の立体音響を先駆けて取り組まれているレコーディングエンジニアの古賀健一さんにまで「何に躊躇してるんですか!動きが遅いですよ!!」って煽られるんですよ(笑)。それでこれは迷っている場合ではない、行こう!と、ウォールスピーカーやバックスピーカーも含めたライブイマーシブシステムを導入しました。最初はフロント5本だけで、とも思ったんですが、やはり行くなら全部(360°)入れないと、後からでは絶対入れなくなるので。それが2023年の7月でした。
生音と拡声音が溶け合うから
音量を自由に設定できる
齊藤:イマーシブを導入して、音作りに変化はありましたか。
出原氏:2チャンネルのミックスって、結局ミックスされる(混ざる)前提の音を作るんです。なぜならマスキングされる音が多いから。でもライブイマーシブは、1つ1つのいい音で全体が成立する。マスキングが少ないので、そのままの状態で両耳に届くんです。
齊藤:それはライブイマーシブになってミックスの苦労が減ったということですか。
出原氏:綺麗に仕上げるという意味では明らかにLRのほうか大変です。ライブイマーシブだと今までの理想には遥かに早く到達できるので。逆に頑張れば頑張るほどさらに良くなるので、その意味では終わりのない嬉しい大変さはありますね。
それとライブイマーシブに変わって音量に対する考え方も変わりました。2チャンネルミックスって、基本的に生音よりもPAが大きく出ている方がハンドリングしやすい。でもライブイマーシブは生音とPAの境界が限りなくシームレスなので、PAの音量を思い切って抑えても全く違和感がありません。弾き語りや、静かな曲などでは今までにないほどの小音量で聴かせられます。
逆に大音量のライブイマーシブも効果てきめんですよ。メタルとか、めちゃくちゃいいです。音源で聴くような整いつつ音量のあるメタルサウンドって、ライブでは成立しにくいんですよね、箱の中で音が飽和しちゃうから。でもこの福山Cableなら飽和しないクッキリした爆音で、好みの音源みたいなメタルサウンドが聴けます。ぜひ聴きに来てください。
齊藤:出演者やお客さんからのライブイマーシブへの反応はどうですか。
出原氏:とてもいいです。特に演者はもう秒で「なんですか、これ!」ってすぐ言います。お客さんは「包まれる」って表現するんですよ。今までより定位は明確に感じてるのに。やっぱりそのアーティストの世界に没入できるから、包まれたっていう表現になるんだろうなと思います。ツアーを追っかけているような熱心なファンは、福山Cableがスケジュールにあると、ここに来ようって言ってくれているそうです。
イマーシブオーディオは体験しなければ、伝わらない。あとは“やる気”
齊藤:われわれヤマハ、ヤマハサウンドシステムもイマーシブオーディオの普及に力を入れています。なにかメッセージをいただけないでしょうか。
橋本氏:日本はやや遅れていて、今やっとイマーシブオーディオの導入期だと思います。この良さは実際に体験しないとわからないんです。その体験の時に音が悪いのはダメ。「イマーシブオーディオ、音悪かった」とか「たいしたことない」と思われたら大変な損失です。まずはいい音でイマーシブ体験をしてもらわないと。ですから、そこは是非気を使っていただき、できるだけいい音で多くの人にイマーシブオーディオを体験させてほしいです。
齊藤:出原さんには日本で初めてイマーシブオーディオを導入したライブハウスの立場で、音響関係者にメッセージをお願いします。
出原氏:橋本さんと同じく、やはりイマーシブオーディオは体験が重要です。プロの方は、可能ならイマーシブオーディオのプランができる方を呼んで、自分の環境でシステムを組んでもらい、実際にどんな差があるのか体験するのが一番です。僕だって橋本さんにテストしてもらわなかったらやってなかった。その後のお金とかの問題に関しては、まぁなんとかなるんじゃないですかね(笑)。あとはやっぱり「やる気」ですね。
橋本氏:導入費用を考えたとき、本気にならないと手が出せないけど、本気になれば手が届く範囲です。ですから、たぶんやる気、だと思います。
齊藤:この記事は音響の世界を目指す方にも読まれています。これから音響を目指す方々にアドバイスをお願いします。
出原氏:音響の世界にイマーシブという考え方が入ってきたように、これからは「聴く」という体験が多様化すると思います。スピーカーから出る音楽信号だけを聴くのではなく、空間で鳴っている「音」もしっかり意識していってほしいですね。ですから若い方には、フォーマットに固執しないで音を捉える事をしてほしいです。何気ない日常の中でも、あらゆる方向からさまざまな音が耳に届いているのを感じると、音楽に対する考え方も柔軟になっていくんじゃないかなと思います。
橋本氏:音響に限らず、これまでの日本は大きな組織があって、そこで培われた技術が上から流れてきて小さな会社や個人に浸透していくという構図がありました。それがコロナ禍で一転し、個の時代になったと感じます。これはいいことですが、その反面個人で一つの事を深く掘り下げていくと、時につまずいたり、煮詰まったりして、結果諦めてしまうということもあります。そうならないために、私はコミュニケーションが大事だと思います。出原さんと私もそうですが、何かを軸にして人とつながることで、助けてもらえたり刺激を得ることができます、これは生成AIがいくら発展しても得られないことですよね。そういった仲間をつくっていくことも大事なことだと思います。
齊藤:本日はお忙しい中、ありがとうございました。
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